自動運転・MaaS時代の都市交通流:渋滞影響の予測と政策的アプローチ
はじめに
自動運転技術の実用化とMaaS(Mobility as a Service)の普及は、都市の交通システムに質的な変化をもたらす可能性を秘めています。これらの次世代モビリティ技術は、人々の移動の利便性を向上させる一方で、都市の交通流や渋滞に対して複雑な影響を与えることが予測されています。都市計画や交通政策に携わる方々にとって、この影響を正確に予測し、適切な対策を講じることは喫緊の課題と言えるでしょう。本稿では、自動運転とMaaSが都市交通流に与える潜在的な影響を分析し、その予測手法や政策的なアプローチについて考察します。
自動運転・MaaSが都市交通流に与える影響:両側面からの分析
自動運転車両やMaaSの普及は、交通流に対してポジティブな影響とネガティブな影響の両方をもたらす可能性があります。
ポジティブな影響
- 交通容量の増加: 自動運転車両は、人間の運転と比較して車両間の車間距離を短縮できる可能性があります。また、協調型自動運転(Connected and Automated Mobility, CAM)が実現すれば、車両間の通信により、よりスムーズな合流や加減速が可能となり、道路の交通容量を増加させることが期待されます。
- 交通流の安定化: 自動運転システムは、一定の速度と車間距離を維持することで、交通流の不安定化要因となる急ブレーキや急加速を減らし、サージ現象(混雑の波)の発生を抑制する可能性があります。
- 最適ルート誘導: MaaSプラットフォームを通じて提供されるリアルタイムの交通情報や、自動運転車両自身のセンシング・判断能力により、個々の車両がより効率的で分散されたルートを選択することが可能となり、特定のボトルネックへの交通集中を緩和する効果が考えられます。
- 車両稼働率の向上: MaaSにおけるシェアリングサービス(ライドシェアなど)や、自動運転による無人での車両回送が可能になれば、一台あたりの車両がより多くの移動ニーズに対応できるようになり、結果として都市全体の車両台数増加を抑制できる可能性があります。
ネガティブな影響
- 空車走行(Deadheading): シェアリングサービスの車両が次の乗客を迎えに行く際や、自動運転車両が充電・駐車場所へ移動する際に発生する空車走行は、新たな交通需要を生み出し、交通量増加につながる可能性があります。
- 集約点での混雑: MaaSの特性として、需要が高いエリアや時間帯に多数の車両が集中しやすくなります。特に乗降場所や主要な交通結節点周辺で、車両の滞留や新たな渋滞が発生する懸念があります。
- 新規交通需要の創出: 現在は自動車を運転できない高齢者や子供、または公共交通機関の利用が困難な人々が、MaaSや自動運転タクシーの登場によって容易に移動できるようになることで、全体の交通需要が増加する可能性があります。これは特に、公共交通が脆弱な地域で顕著になるかもしれません。
- システムの脆弱性: システム障害やサイバー攻撃などにより、広範囲で車両の運行が停止・混乱した場合、都市交通全体に深刻な影響が及ぶリスクも考慮する必要があります。
渋滞影響の予測と評価
自動運転・MaaSが都市交通流に与える影響は多岐にわたり、その全体像を把握し、定量的に予測することは容易ではありません。しかし、都市計画や政策立案においては、こうした予測に基づく意思決定が不可欠となります。
この予測にあたっては、以下の手法や要素が重要となります。
- 交通シミュレーション: マクロ、メゾ、ミクロといった様々なレベルの交通シミュレーションモデルを活用し、自動運転車両の混入率やMaaSの利用率といったシナリオを設定して、交通量、旅行速度、渋滞長の変動などを予測します。自動運転車両の挙動モデル(車間距離、加減速パターンなど)をより現実に近いものにすることが、予測精度向上の鍵となります。
- データ分析: GPSデータ、プローブデータ、ETC2.0データ、MaaSプラットフォームの利用データなど、様々なモビリティデータを収集・分析し、現在の交通実態や人々の移動パターンを詳細に把握します。これにより、シミュレーションモデルの精度向上や、新たな交通需要の発生源特定などに役立てることができます。
- 需要予測モデル: MaaS導入による交通手段選択の変化や、自動運転による新規利用者の増加といった、将来的な交通需要の変化を予測するモデルを構築します。アンケート調査や行動経済学的なアプローチも組み合わせて、人々の行動変容を理解することが重要です。
- 海外・国内の事例研究: 自動運転やMaaSの実証実験が行われている国内外の都市のデータを収集し、その結果を分析することで、実際の交通流への影響に関する知見を得ることができます。特に、異なる都市構造や社会状況下での事例は、自都市への適用可能性を検討する上で参考になります。
都市・交通政策におけるアプローチ
自動運転・MaaS時代の複雑な交通流変化に対応するためには、多角的な政策的アプローチが必要です。
- インフラ整備・更新: 自動運転車両のスムーズな運行を支援するためのデジタルインフラ(高精度地図、通信環境、路側センサーなど)や、MaaSによる集約点での乗降を効率化するための物理インフラ(スマートバス停、再設計された乗降スペースなど)の整備が求められます。また、公共交通機関との連携を強化するための交通結節点の再設計も重要です。
- 交通需要管理(TDM: Traffic Demand Management): 渋滞緩和のため、ロードプライシング(料金課金)や駐車規制、特定のエリアへの車両乗り入れ制限など、需要を制御する政策の検討が必要です。特に、空車走行を抑制するための料金体系や、ピーク時間帯の利用を分散させるためのインセンティブ設計などが考えられます。
- データ連携・活用基盤の構築: 官民、そして異なるMaaS事業者間でリアルタイムの交通データやサービス提供情報を連携・共有できる共通基盤の整備は、都市全体の交通流を最適化し、予測精度を高める上で不可欠です。プライバシー保護に配慮したデータ活用ルールを明確にする必要があります。
- 公共交通機関の役割再定義: MaaSの普及は、従来の公共交通の利用パターンに影響を与える可能性があります。基幹的な公共交通ネットワークを維持・強化しつつ、MaaSをフィーダーサービスとして活用したり、公共交通をMaaSプラットフォームに組み込んだりするなど、役割分担や連携のあり方を再定義することが求められます。
- 法制度・規制の整備: 自動運転車両の公道走行に関するルールだけでなく、MaaS事業者間の公平な競争環境の整備、データ利用に関する法規、そして必要に応じた交通規制の柔軟な変更など、技術やサービスの変化に合わせた法制度の見直しが継続的に必要となります。
まとめ
自動運転とMaaSは、都市の交通システムに計り知れない変革をもたらす可能性を秘めていますが、同時に交通流や渋滞に対して複雑な影響を与えることが予測されます。これらの影響を正確に理解し、将来の都市交通を円滑かつ持続可能なものとするためには、データに基づいた精緻な予測と、先を見据えた柔軟な政策立案が不可欠です。交通シミュレーション、データ分析、そして国内外の事例研究などを通じて得られる知見を最大限に活用し、必要なインフラ整備、交通需要管理、データ連携、そして法制度の整備を進めていくことが、自治体や関係機関に求められています。今後の技術開発や社会実装の動向を注視しつつ、継続的な取り組みが重要であると考えられます。