自動運転・MaaSが変える都市の交通安全:影響評価手法と政策的課題
未来モビリティ導入と交通安全の新たな地平
自動運転やMaaS(Mobility as a Service)といった次世代モビリティ技術の社会実装が進むにつれて、都市交通システムは大きな変革期を迎えています。これらの技術は、移動の利便性向上や効率化、公共交通の維持・活性化に貢献する可能性がある一方で、都市の交通安全という観点から新たな課題と機会をもたらします。
従来の交通安全対策は、主に人間の運転行動に起因するリスクや、物理的な道路・車両設計に焦点を当ててきました。しかし、自動運転車両の導入、多様なモビリティサービス連携による交通流の変化、そしてこれらが混在する交通環境においては、従来の知見だけでは不十分となる可能性があります。未来モビリティ時代の交通安全を確保するためには、影響を適切に評価し、それに基づいた政策立案が不可欠です。
本稿では、自動運転およびMaaSが都市の交通安全に与える影響、その評価に向けたアプローチ、そして政策立案や自治体の役割について考察します。
自動運転が交通安全に与える影響
自動運転技術は、ヒューマンエラーの削減を通じて交通安全性を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。飲酒運転、脇見運転、疲労運転といった人為的なミスが原因の事故を減らす効果が期待されます。また、車両間の通信(V2V)や路側インフラとの通信(V2I)により、危険を早期に検知し、回避行動をとることも可能になるでしょう。
しかし同時に、新たなリスクも生じます。
- システム故障・誤作動: センサーの認識限界、ソフトウェアのバグ、通信障害などが予期せぬ挙動を引き起こす可能性があります。
- サイバーセキュリティリスク: 自動運転システムのハッキングやデータ改ざんによる車両制御の乗っ取り、混乱発生といったリスクが存在します。
- 混合交通下の問題: 自動運転車と人間が運転する車両、自転車、歩行者が混在する環境では、互いの意図の読み取りや予測が難しくなり、新たなリスクを生む可能性があります。特に、自動運転車が極めて安全側に判断しすぎることで、交通の流れを阻害したり、他の交通参加者を混乱させたりするケースも考えられます。
- 予期せぬ状況への対応: 大規模な自然災害時や、予測不能な事態発生時に、システムが適切に対応できないリスクもゼロではありません。
MaaSが交通安全に与える影響
MaaSは、様々な移動手段を組み合わせ、シームレスな移動体験を提供することで、公共交通やシェアリングサービスの利用を促進する効果が期待されます。これにより、個人の自動車利用が減少し、都市全体の交通量が抑制され、結果として事故リスクが低減する可能性が考えられます。
一方で、MaaSの普及は新たな安全課題も提起します。
- 多様なモビリティモード間の連携: キックボード、自転車シェア、小型EVなどが連携して利用されることで、これまで分断されていた交通モード間の接点が増加し、新たな事故リスクが生じる可能性があります。例えば、駅からシェアサイクルのステーションまでの移動における歩行者と利用者の接触リスクなどです。
- データ活用による安全向上: MaaSプラットフォームを通じて収集される移動データや運行データを分析することで、危険箇所の特定や安全なルート提案、利用者の安全運転啓発に繋げられる可能性もあります。
- 交通量の変動: MaaSの利用状況やサービス設計によっては、特定の時間帯や場所に交通需要が集中し、混雑による事故リスクを高める可能性も否定できません。
交通安全評価手法への新たなアプローチ
未来モビリティが交通安全に与える影響を評価するためには、従来の事故統計分析に加え、様々なアプローチを組み合わせる必要があります。
- シミュレーション: 複雑な交通環境における自動運転車の挙動や、MaaSによる交通流の変化を予測するために、高度な交通流シミュレーションやドライビングシミュレーターが有効です。多様なシナリオ(悪天候、インフラ故障、非定常事態など)を想定した評価が可能となります。
- 実証実験とデータ収集: 公道や特定のエリアで行われる実証実験を通じて、実際の交通環境下での安全性を検証し、走行データ、センサーデータ、事故(ニアミス含む)データを収集・分析することが重要です。国土交通省や警察庁などが主導する実証実験やガイドライン整備の動向を注視する必要があります。
- 事故データ分析の高度化: 事故が発生した場合、その原因が車両システム、インフラ、他の交通参加者、あるいはそれらの複合要因のどこにあるのかを正確に特定するための、新たな事故調査・分析手法が求められます。自動運転車のイベントデータレコーダー(EDR)や運行データの活用が鍵となります。
- リスクアセスメントフレームワーク: 新しい技術やサービスに内在するリスクを網羅的に洗い出し、発生確率と影響度を評価するための体系的なリスクアセスメントフレームワークを構築し、継続的に見直す必要があります。
自治体が取り組むべき政策的課題
未来モビリティ時代の交通安全確保において、地方自治体は多岐にわたる重要な役割を担います。
- 法規制・ルールの整備への貢献: 国の動向と連携しつつ、地域の特性に応じた交通ルールやガイドラインについて、実証実験の結果や地域住民の意見を踏まえて提言・協力していくことが重要です。例えば、自動運転車の走行エリア指定、速度規制、歩行者等との優先関係の明確化などが挙げられます。
- 安全確保のためのインフラ整備: 高精度なデジタルマップの整備協力、通信環境(5G等)の確保、標識・信号機のデジタル化・標準化は、自動運転車の安全な走行に不可欠です。また、危険箇所の特定や改良、安全な歩行空間・自転車空間の確保といった従来の交通安全対策も、未来モビリティとの調和を考慮して進める必要があります。
- データ連携・活用体制の構築: 自動運転車やMaaSから得られる運行データ、事故データ、インフラデータを収集・集約し、分析するためのプラットフォーム構築や、関係機関(警察、運行事業者、研究機関等)とのデータ共有・連携体制を整備することが求められます。これにより、エビデンスに基づいた安全施策の立案・評価が可能となります。
- 住民啓発と社会受容性の向上: 未来モビリティとの安全な共存のためには、住民への啓発活動が不可欠です。自動運転車の特性やMaaS利用時の注意点などを分かりやすく伝え、新しいモビリティに対する正しい理解と社会受容性を醸成していく必要があります。特に高齢者や子供など、交通弱者への配慮が重要です。
- 緊急時対応体制の整備: 自動運転車の事故やシステムトラブル発生時における、警察、消防、医療機関、運行事業者、そして自治体間の連携を含む、迅速かつ適切な緊急時対応プロトコルを策定し、訓練を実施することも重要な課題です。
- 官民連携による安全対策の推進: 未来モビリティに関する知見や技術は日進月歩であり、自治体単独での対応には限界があります。運行事業者、技術開発企業、研究機関などと積極的に連携し、技術の導入段階から安全に関する課題を共有し、解決策を共に模索していく体制が不可欠です。
結論:継続的な評価と柔軟な政策対応の重要性
自動運転やMaaSの導入は、都市の交通システムに安全面でも大きな影響をもたらします。ヒューマンエラー削減による安全向上への期待がある一方で、システムリスク、混合交通、サイバーセキュリティといった新たな課題に対処しなければなりません。
これらの影響を正確に把握するためには、シミュレーション、実証実験、高度なデータ分析といった多様な評価手法を組み合わせることが重要です。そして、その評価結果に基づいて、法規制、インフラ整備、データ活用、住民啓発、緊急時対応など、多角的な政策を立案・実施していくことが自治体には求められます。
未来モビリティ技術は進化を続けるため、一度対策を講じれば終わりではなく、継続的な影響評価と、それに合わせた政策の柔軟な見直しが不可欠です。他都市や海外の先行事例からも学びつつ、地域の実情に即した安全対策を着実に推進していくことが、持続可能で安全な都市交通システムの実現に繋がります。