災害発生時における未来モビリティの活用戦略:都市機能維持と避難支援の視点
はじめに:高まる災害リスクと未来モビリティの可能性
近年、地震や豪雨、台風といった大規模自然災害のリスクは、日本を含む多くの地域で高まっています。災害発生時、都市の交通システムは寸断され、人々の移動や物資の輸送が困難になることが少なくありません。これは、救援活動の遅延や避難の妨げとなり、被害の拡大に繋がる深刻な課題です。
こうした状況下で、自動運転やMaaS(Mobility as a Service)といった次世代モビリティ技術は、平時の交通システム改革だけでなく、有事における都市のレジリエンス(回復力)強化に貢献しうる可能性を秘めています。本稿では、未来モビリティが災害発生時にどのように活用されうるのか、その具体的な戦略と、都市・交通計画における連携の視点、そして関連する政策課題について考察します。
災害対応における未来モビリティの潜在的な役割
未来モビリティは、災害発生時の様々な局面で従来の交通手段を補完・代替し、都市機能の維持や避難支援に貢献する可能性を持っています。
緊急車両・支援物資輸送の効率化
自動運転技術を搭載した車両は、危険な状況下やオペレーター不足の際にも、緊急車両や支援物資の輸送を継続できる可能性があります。例えば、被災した道路状況をリアルタイムで判断し、安全な経路を選択して自律的に走行することで、救援物資や医療品を迅速に被災地に届けることが期待されます。また、人手不足が懸念される物流の維持にも貢献しうるでしょう。
避難支援と要配慮者輸送
高齢者や障がいのある方、乳幼児連れの方など、自力での避難が困難な要配慮者の移動は、災害時における大きな課題の一つです。デマンド型のMaaSプラットフォームは、被災者の位置情報や個々の移動ニーズを把握し、状況に応じて最適な車両(小型自動運転シャトル、ユニバーサルデザイン車両など)を迅速に手配する手段となりえます。これにより、従来の定時・定路線型の公共交通が機能しない状況下でも、きめ細やかな避難支援が可能になる可能性があります。
情報収集と状況把握
自動運転車両やMaaSプラットフォームから収集されるリアルタイムの運行データ(車両位置、速度、乗降状況など)や、車両に搭載されたセンサーデータは、被災地の道路状況、交通状況、人々の移動パターンに関する貴重な情報源となりえます。これらのデータを自治体や災害対策本部と連携させることで、被災状況の把握や救援活動の優先順位付け、避難経路の選定などをより正確かつ迅速に行える可能性があります。また、ドローンと連携した情報収集も有効でしょう。
電力・通信途絶時の代替機能
大規模災害時には、電力供給や通信網が寸断される可能性があります。エネルギー自立型のモビリティハブや、衛星通信機能を備えた車両・拠点などは、こうした状況下でも一定の情報収集・伝達や移動手段の提供を継続できる可能性があります。モビリティハブ自体を、非常時の充電スポットや通信拠点、さらには一時的な避難場所として機能させる多機能化も検討されるべきです。
都市・交通計画における連携と必要な準備
未来モビリティの災害時活用を実現するためには、技術開発だけでなく、都市・交通計画における事前の準備と連携が不可欠です。
平時からのインフラ整備
災害時にも機能するモビリティサービスを支えるためには、平時からのインフラ整備が重要です。具体的には、自動運転に必要な高精度マップの整備、通信網(特に5Gやそれ以降の次世代通信技術)の強化、電動車両のための充電インフラの分散配置などが挙げられます。これらのインフラは、冗長性を持たせたり、非常用電源を備えたりするなど、災害に強い設計とする必要があるでしょう。
災害時運行計画の策定と連携体制
有事を想定した具体的な運行計画の策定が求められます。どの地域で、どのような車両を、どのように運用するか、避難所や救援拠点との連携をどう図るかなど、詳細なシナリオに基づいた計画が必要です。また、自治体、交通事業者、技術開発企業、警察、消防などが連携した協議会などを設置し、平時からの情報共有や共同訓練を行う体制を構築することが重要です。
モビリティハブの多機能化
将来的な交通結節点となりうるモビリティハブを、災害時の重要な拠点として位置づける視点が必要です。単なる乗り換え場所としてだけでなく、非常用電源を備えた通信・充電スポット、防災情報の掲示場所、一時的な避難スペース、さらには小型ドローンの発着拠点など、多機能な役割を持たせることで、災害時の都市のレジリエンス向上に貢献できるでしょう。
データ連携とリアルタイム情報提供
災害発生時には、刻一刻と状況が変化します。未来モビリティから得られるデータを、他の災害関連データ(気象データ、被害情報、ライフライン情報など)と統合・分析し、対策本部や住民にリアルタイムで提供するシステムを構築することが有効です。これにより、迅速かつ適切な状況判断や意思決定が可能になります。
政策的・制度的課題と今後の展望
未来モビリティの災害時活用には、解決すべき政策的・制度的課題も存在します。
例えば、緊急時における自動運転車両の走行に関する法的な位置づけや、災害対応での運用を円滑にするための規制緩和などが検討される必要があります。また、官民連携においては、役割分担や責任範囲を明確にし、スムーズな連携を可能にする枠組み作りが求められます。インフラ整備やシステム構築には多額の費用がかかるため、新たな財源確保や官民連携による投資促進策も不可欠でしょう。
住民への周知や、自動運転車両等を利用した避難訓練なども、社会受容性を高め、有事の際に混乱なくサービスを利用するために重要です。
まとめ
未来モビリティ技術は、災害発生時の都市の脆弱性を克服し、より安全でレジリエントな社会を構築するための有力な手段となりえます。緊急車両・支援物資輸送、避難支援、情報収集など、その活用範囲は多岐にわたります。しかし、その可能性を最大限に引き出すためには、技術開発と並行して、平時からのインフラ整備、災害時運行計画の策定、関係機関との連携体制構築といった、都市・交通計画における戦略的な取り組みが不可欠です。
今後、技術の進展を見据えつつ、災害リスクを踏まえた都市・交通システムのあり方について、より深く検討を進めていく必要があると考えられます。