未来モビリティ時代の都市のサイバーレジリエンス:自動運転・MaaS導入に伴うセキュリティリスクへの対策
未来モビリティの進展と新たなリスクの台頭
自動運転技術の実用化やMaaS(Mobility as a Service)の社会実装が進む中で、都市の交通システムは大きな変革期を迎えています。これらの次世代モビリティは、移動の利便性向上や効率化、地域課題の解決に貢献する可能性を秘めています。しかし同時に、高度な情報通信技術やデータ連携に依存する特性上、新たな、そして看過できないリスクも生じさせています。その一つが、サイバーセキュリティに関するリスクです。
未来モビリティは、車両そのものから、運行管理システム、データ連携プラットフォーム、関連インフラに至るまで、広範なデジタルエコシステムを構成します。これらの要素がインターネットや専用ネットワークを通じて相互に接続されることで、サイバー攻撃の標的となる可能性が生まれます。単なる情報漏洩に留まらず、システムへの不正アクセスによる運行妨害やデータの改ざん、さらには車両の制御乗っ取りといった、都市機能の停止や人命に関わる重大な事態を招くリスクも想定されています。
都市計画や交通行政に携わる皆様にとって、これらのサイバーセキュリティリスクは、単に技術的な問題としてではなく、都市の安全、インフラの信頼性、そして住民の生活を脅かす潜在的な危機として捉える必要があります。未来モビリティの導入を検討・推進するにあたっては、その恩恵だけでなく、付随するリスクへの対策を計画段階から組み込むことが極めて重要となります。
未来モビリティが抱えるサイバーセキュリティリスクの種類
未来モビリティのエコシステム全体には、様々なサイバーセキュリティリスクが存在します。主なリスク要因とその潜在的な影響を以下に挙げます。
1. 車両そのものへの攻撃
自動運転車両は、多くのセンサー、ECU(電子制御ユニット)、通信モジュールなどを搭載しています。これらのソフトウェアやハードウェアの脆弱性を突かれることで、車両の遠隔操作、誤動作、位置情報の改ざん、乗員データの窃盗などが行われる可能性があります。例えば、ブレーキやアクセルの制御を奪われるといった事態は、重大な事故に直結します。
2. 運行管理システム・プラットフォームへの攻撃
MaaSプラットフォームや自動運転車両の運行を管理するシステムは、車両位置情報、運行データ、予約情報、決済情報など、機密性の高い情報を集約・処理しています。これらのシステムが攻撃を受けると、サービスの停止、データの漏洩・改ざん、不正確な情報提供による交通混乱などを引き起こす恐れがあります。都市全体の交通フローを司るシステムであれば、その影響は広範囲に及びます。
3. 通信インフラへの攻撃
自動運転やMaaSは、車両とインフラ(V2I: Vehicle-to-Infrastructure)、車両間(V2V: Vehicle-to-Vehicle)、車両とネットワーク(V2N: Vehicle-to-Network)といった様々な通信に依存しています。これらの通信経路や基盤となるネットワークインフラ(5G、Wi-Fiなど)へのDDoS攻撃(サービス拒否攻撃)や傍受、改ざんは、円滑な運行を妨害し、安全性に影響を与える可能性があります。
4. データプライバシーとセキュリティ
MaaSプラットフォームは、個人の移動履歴や決済情報など、膨大な個人データを収集・分析します。これらのデータの取り扱いに関するセキュリティ対策が不十分な場合、個人情報漏洩のリスクが高まります。また、匿名化されたデータであっても、他の情報と組み合わせることで個人が特定される可能性も考慮する必要があります。
都市のレジリエンス確保に向けた課題
サイバー攻撃が成功した場合、その影響は単一のサービス停止に留まらず、都市全体の機能不全を引き起こす可能性があります。都市のレジリエンス(回復力)を高めるためには、以下の課題への対応が求められます。
- リスクの評価と認識の共有: 発生しうるサイバーリスクの種類、影響範囲、可能性を正確に評価し、交通部門だけでなく、情報システム、防災、警察、民間事業者など、関係者間でリスク認識を共有すること。
- 多層的な防御策の構築: 単一の対策に頼るのではなく、車両、システム、通信、データの各層において、技術的対策、組織的対策、物理的対策を組み合わせた多層的なセキュリティ体制を構築すること。
- インシデント対応計画: サイバー攻撃が発生した場合の被害を最小限に抑え、迅速に復旧するための具体的なインシデント対応計画を策定し、関係者間で共有・訓練を行うこと。
- サプライチェーンリスク管理: 未来モビリティシステムは多くの事業者や技術要素で構成されます。サプライヤーや委託先を含めたエコシステム全体のセキュリティレベルを把握し、管理することの難しさ。
- 人材育成と専門知識の確保: サイバーセキュリティに関する専門知識を持つ人材が限られている中で、自治体職員や関連事業者のセキュリティリテラシー向上を図り、専門家を確保・育成すること。
国内外の対策事例と政策動向
サイバーセキュリティリスクへの対応は、国際的にも重要な課題として認識されており、様々な取り組みが進められています。
- UNECE WP.29 サイバーセキュリティ規制: 国連欧州経済委員会(UNECE)の自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)では、自動車のサイバーセキュリティおよびソフトウェアアップデートに関する規制(UN-R155, UN-R156)が採択され、既に適用が開始されています。これは、自動車メーカーに対して、車両のライフサイクル全体にわたるサイバーセキュリティ管理システム(CSMS)の構築などを義務付けるものです。日本国内でも、この国際基準に適合するための法整備が進められています。
- 各国の国家戦略: 米国では運輸安全局(TSA)がパイプラインなどのインフラへのサイバーセキュリティ対策を強化するなど、重要インフラとしての交通システムに対するセキュリティ規制やガイドライン策定が進められています。欧州連合(EU)でも、サイバーセキュリティ基本法(NIS指令)の改定などが進められています。
- 日本の取り組み: 日本国内では、国土交通省が「自動車サイバーセキュリティガイドライン」を策定し、安全基準への導入を進めています。また、MaaSに関するセキュリティ対策についても、検討会などが設置され、ガイドラインの策定や必要な技術要件の整理が進められています。重要インフラ事業者に対するサイバーセキュリティ対策の義務付けも、交通分野を含む形で強化される方向です。
これらの動向は、未来モビリティの導入を進める上で、セキュリティ対策が単なる推奨事項ではなく、国際的な標準や法的な義務となりつつあることを示しています。
自治体に求められる取り組み
都市計画や交通担当部署は、未来モビリティ導入の企画・推進において、以下の観点からサイバーセキュリティ対策を主導的・協調的に検討する必要があります。
- 計画段階でのリスク評価: 新しいモビリティサービスや自動運転導入の計画段階から、想定されるサイバーリスクを具体的に洗い出し、その影響度や発生可能性を評価するプロセスを組み込みます。
- 調達・委託契約における要件定義: 民間事業者への業務委託やシステム調達を行う際に、契約仕様書に具体的なサイバーセキュリティ要件(セキュリティ基準への準拠、定期的な脆弱性診断、インシデント報告体制など)を明確に盛り込みます。
- 関係部署間の連携強化: 情報システム部門、危機管理部門、防災部門、警察など、自治体内の関連部署との間で緊密な連携体制を構築します。サイバー攻撃発生時の情報共有、役割分担、合同演習などを定期的に実施します。
- 事業者との連携体制構築: サービス提供事業者やインフラ事業者との間で、平時からの情報共有、セキュリティ状況の確認、共同でのインシデント対応体制の構築を進めます。契約だけでなく、信頼に基づくパートナーシップが重要となります。
- ガイドライン・マニュアル整備: 自治体として、未来モビリティに関するサイバーセキュリティ対策の基本的な考え方、事業者への期待事項、インシデント発生時の初動対応などに関するガイドラインやマニュアルを整備します。
- 継続的な監視と改善: システム稼働後も、セキュリティ状況を継続的に監視し、新たな脅威や脆弱性に対応するための定期的なアップデートや対策の見直しを行います。
まとめ
未来モビリティは都市に多くの可能性をもたらしますが、サイバーセキュリティリスクへの適切な対応が、その恩恵を享受するための前提条件となります。都市計画や交通行政に携わる皆様には、このリスクを正しく認識し、計画、インフラ整備、法制度、そして関係者間の連携といった多角的な視点から、都市全体のサイバーレジリエンスを高めるための取り組みを積極的に進めていただくことが期待されています。国際的な動向や国内外の事例を参照しつつ、地域の実情に応じた、安全で信頼性の高い未来の交通システムを構築していくことが求められています。