未来の都市を見据える:自動運転・MaaSに対応する都市計画マスタープラン策定の視点
はじめに:変革期を迎える都市と都市計画
現在、自動運転やMaaS(Mobility-as-a-Service)といった次世代モビリティ技術は、単なる交通手段の変化にとどまらず、都市構造や人々の生活様式に抜本的な変化をもたらす可能性を秘めています。これらの技術の進展は、既存の交通システムや都市インフラの前提を覆し、都市計画のあり方そのものにも再考を迫るものです。
特に、人口減少・高齢化が進む多くの地域において、持続可能な都市の維持・発展は喫緊の課題です。未来モビリティは、この課題に対する有効な解決策を提供する一方で、新たな課題も生じさせます。都市の将来像を示す都市計画マスタープランは、こうした技術革新と社会変動を踏まえ、どのように再構築されるべきでしょうか。本稿では、自動運転・MaaS時代を見据えた都市計画マスタープラン策定における重要な視点と論点について考察します。
未来モビリティが都市にもたらす変化と都市計画への影響
自動運転やMaaSの普及は、都市の様々な側面に影響を与えます。これらの変化は、従来の都市計画が前提としてきた多くの要素を変容させる可能性が高いと言えます。
1. 移動行動と交通ネットワークの変化
- 移動手段の多様化と統合: MaaSにより、鉄道、バス、タクシー、シェアサイクル、カーシェア、デマンド交通などが一つのサービスとして提供されるようになり、個人の最適な移動選択肢が大きく広がります。これにより、特定の交通モードへの依存度が変化する可能性があります。
- 自動車所有の変化: 自動運転タクシーや高度なカーシェアリングの普及は、自家用車を所有する必要性を減少させる可能性があります。これは、駐車場需要の減少や、道路空間の使われ方の変化につながります。
- ラストワンマイルの効率化: 自動運転を活用した配送サービスは、物流の効率化に貢献し、都市内のモノの動き方を変える可能性があります。
- 公共交通の再定義: 基幹的な公共交通と、フィーダーとしてのデマンド型MaaSや自動運転シャトルの連携が不可欠となり、公共交通ネットワーク全体の設計思想を見直す必要が生じます。
2. 土地利用と都市空間の変化
- 駐車場空間の変容: 自動車所有率の低下や自動バレーパーキング技術の進展は、大規模な駐車場スペースの需要を減少させる可能性があります。これにより生じた空間を、他の用途(商業、住宅、公共空間など)に転換する機会が生まれます。
- 交通結節点の機能変化: 駅やバス停といった既存の交通結節点は、多様なモビリティサービス間の乗り換え、モビリティ機器の充電・メンテナンス、あるいは地域の交流拠点としての機能を持つ「モビリティハブ」へと進化していく可能性があります。
- 新たな交通関連施設の必要性: 自動運転車両の待機・整備拠点、充電インフラ、MaaSオペレーションセンターなど、新たな機能を持つ施設の配置計画が必要となります。
- 低密度地域・郊外の活性化: デマンド交通や自動運転による効率的な移動手段が確保されることで、公共交通空白地帯や低密度地域へのアクセスが改善され、これらの地域の持続可能性に貢献する可能性があります。
3. 都市インフラと技術要件の変化
- 通信インフラ: 自動運転やMaaSのリアルタイム連携には、高速・大容量の通信ネットワーク(5G等)が不可欠です。都市全体での通信インフラ整備計画が必要となります。
- 物理インフラの改良・新設: 自動運転に必要な高精度地図の基盤となるインフラ(測位補強情報、路側センサー等)や、安全な運行を支援するインフラ(路面標示、信号システムとの連携等)の整備が求められます。
- 充電・エネルギー供給インフラ: 電動モビリティの普及を見据え、充電ステーションの配置や電力供給システムの計画が重要となります。
- デジタルツインとの連携: 都市の物理空間とデジタル空間を融合させたデジタルツインは、モビリティデータの分析、交通流シミュレーション、都市計画策定や評価において強力なツールとなります。
マスタープラン見直しにおける論点とアプローチ
上記の変化を踏まえ、都市計画マスタープランの見直しにおいては、以下の論点を中心に検討を進めることが重要となります。
1. 将来交通需要と移動行動のシナリオ設定
従来の人口予測や交通量調査に基づく需要予測に加え、自動運転レベルの進展、MaaS普及率、シェアリングサービスの利用動向など、未来モビリティが普及した場合の複数のシナリオを想定し、それぞれにおける交通需要や移動パターンを予測することが不可欠です。この予測に基づき、必要な交通インフラやサービスの規模、配置を検討します。
2. 土地利用計画と交通計画の高度な連携
駐車場規制の緩和・見直し、モビリティハブ機能を持つ結節点の位置づけ強化、低・中密度地域における土地利用と連動したデマンド交通ネットワークの設計など、土地利用と交通が相互に影響し合う関係性を踏まえた計画策定が求められます。例えば、特定エリアでの自動車乗り入れ規制と、エリア内を巡回する自動運転シャトルの連携といった施策を土地利用計画と一体で検討します。
3. データ駆動型計画への移行
MaaSプラットフォームから得られるリアルタイムの移動データ、自動運転車両や路側センサーからのデータ、各種プローブデータなどを収集・分析し、都市内の人やモノの動きを詳細に把握することが重要です。これらのデータを活用して、計画の現状評価、効果測定、将来予測の精度向上を図り、継続的な計画の見直しに反映させるデータ駆動型のマネジメントサイクルを構築します。
4. アクセスの公平性と持続可能性の確保
未来モビリティの恩恵を特定の層だけでなく、高齢者、障害者、低所得者を含む全ての住民が享受できるよう、ユニバーサルデザインの視点を取り入れた計画が必要です。また、デジタルデバイドの問題にも配慮し、デジタル機器の利用が難しい住民への代替手段やサポート体制も併せて検討します。環境負荷の低減、エネルギー効率の向上といった持続可能性の観点も、計画全体を通じて考慮されるべきです。
5. 段階的導入と柔軟性のある計画
未来モビリティ技術の進化速度や社会受容性には不確実性が伴います。全てのエリアに一斉に高度なモビリティサービスを導入するのではなく、特定のエリアやユースケース(例:公共交通空白地帯でのデマンドバス、観光地での自動運転シャトル)で先行的に導入し、その効果や課題を検証しながら、段階的に展開していくアプローチが現実的です。マスタープランも、技術や社会状況の変化に柔軟に対応できるよう、定期的なレビューやアセスメントの仕組みを組み込んでおくことが望ましいでしょう。
6. 関係者間の連携強化
未来モビリティと都市計画は、交通部局だけでなく、都市計画、建設、環境、福祉、経済産業など、様々な部局を横断するテーマです。また、モビリティサービス提供事業者、技術開発企業、地域住民、研究機関など、多岐にわたるステークホルダーとの連携・合意形成が不可欠です。マスタープラン策定プロセスにおいて、これらの関係者が連携し、共通認識を醸成するためのプラットフォームや手法を構築することが重要です。
まとめ:未来を見据えた戦略的な都市計画へ
自動運転やMaaSに代表される未来モビリティは、都市のあり方を大きく変革する可能性を秘めています。この変革期において、都市計画マスタープランは、従来の延長線上の思考から脱却し、来るべき社会構造や技術環境を積極的に取り込んだ、より戦略的かつ柔軟なツールとなる必要があります。
未来の都市像を描くためには、技術がもたらす変化の本質を理解し、それが土地利用、交通システム、インフラ、そして人々の生活にどのような影響を与えるかを深く分析することが重要です。そして、多様なシナリオに基づいた予測、データ駆動型のアプローチ、関係者間の緊密な連携を通じて、全ての住民にとって持続可能で質の高い暮らしを実現する都市空間を計画していくことが求められます。これは容易な道のりではありませんが、未来モビリティの可能性を最大限に活かし、地域固有の課題を克服するための、今まさに取り組むべき重要な課題であると言えるでしょう。