自動運転・MaaSが再定義する都市の土地利用:計画策定への影響とコンパクト化戦略
はじめに:未来モビリティと都市空間の不可分な関係
自動運転技術の進展やMaaS(Mobility as a Service)の普及は、単に移動手段の多様化や利便性向上にとどまらず、都市全体の構造、ひいてはその土地利用のあり方に根本的な変革をもたらす可能性を秘めています。人々の移動がより効率的になり、アクセス可能な範囲が拡大することで、どこに住み、働き、集まるか、といった土地利用の選択に影響が及ぶと考えられます。
特に、人口減少・高齢化が進む地域において、持続可能な都市構造の実現は喫緊の課題です。多くの自治体では、医療・商業等の都市機能や居住地域を一定のエリアに集約する「コンパクトシティ」化や、複数の拠点を交通ネットワークで結ぶ「ネットワーク型コンパクトシティ」といった戦略が推進されています。未来モビリティは、これらの都市計画戦略の実現を後押しするツールとなりうる一方で、予期せぬ土地利用の変化を誘発する可能性も指摘されています。
本稿では、自動運転やMaaSが都市の土地利用に与えうる具体的な影響を探るとともに、今後の都市計画・交通計画においてどのような視点を持つべきか、特にコンパクトシティ戦略との関連に焦点を当てて考察します。
自動運転・MaaSが都市の土地利用に与えうる影響
自動運転技術とMaaSの普及は、以下のような形で都市の土地利用に影響を与える可能性があります。
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駐車場の需要減と跡地利用: 自動運転車両の普及により、自家用車の保有台数が減少し、ライドシェアやカーシェアリングの利用が増加することが予想されます。これにより、特に中心市街地や交通結節点周辺における駐車場の需要が大幅に減少する可能性があります。駐車場として利用されてきた土地は、他の用途への転換が求められ、新たな商業施設、住宅、オープンスペースなどの創出機会となりうるでしょう。都市計画においては、これらの跡地をどのように活用し、都市機能の強化や魅力向上に繋げるかが重要な検討課題となります。
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郊外への居住・立地傾向の変化: 通勤や移動のストレスが軽減されることで、これまで交通の便が悪かった郊外や地方部への居住や企業の立地が進む可能性が指摘されています。一方で、MaaSによって多様な移動手段がシームレスに連携され、公共交通の利便性が向上すれば、都心部や公共交通沿線へのアクセス優位性が高まり、コンパクト化を促進する可能性も考えられます。この影響は、地域ごとの交通環境や都市構造、政策によって異なると考えられます。
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交通結節点の機能と価値の変化: 駅やバス停といった従来の交通結節点は、将来的にモビリティハブへと進化し、多様なモビリティサービス(自動運転シャトル、シェアサイクル、電動キックボード等)や物流機能、さらには生活サービスが集積する複合拠点となることが予想されます。これにより、結節点周辺の土地利用の重要性が増し、賑わいの創出や地域経済の活性化に繋がる可能性があります。
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低・未利用地の活性化ポテンシャル: 自動運転シャトルサービスなどが導入されることで、これまで公共交通が十分ではなかったエリアへのアクセスが改善され、低・未利用地の開発や活性化が進む可能性があります。これは、特に地方部や中山間地域における地域課題の解決に貢献しうる側面です。
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商業・サービス施設の立地戦略の変化: ラストワンマイル配送の効率化や移動販売サービスの登場により、商業施設やサービス拠点の立地に対する考え方が変わる可能性があります。必ずしも人通りの多い場所に店舗を構える必要がなくなり、物流効率を重視した立地や、既存の店舗網の見直しが進むことも考えられます。
コンパクトシティ戦略と未来モビリティの協調
多くの自治体が推進するコンパクトシティ戦略は、都市機能や居住地を集約することで、公共交通の効率化、インフラ維持管理コストの削減、賑わいの創出などを目指すものです。未来モビリティは、この戦略とどのように協調できるでしょうか。
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公共交通網の補完・強化: 自動運転によるオンデマンド交通やフィーダーサービスは、既存の公共交通網の「隙間」を埋め、鉄道駅やバス停までのラストワンマイル・ファーストマイルを担うことで、公共交通全体の利便性を向上させ、利用促進に繋がります。これにより、公共交通を基軸としたコンパクトな都市構造の維持・強化に貢献できます。
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多核連携の促進: 複数の都市機能集積拠点を結ぶ自動運転シャトルや、拠点間をシームレスに移動できるMaaSは、ネットワーク型コンパクトシティにおいて、各拠点の連携を強化し、都市全体の回遊性を高める効果が期待できます。
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新たな都市空間の創出: 駐車場跡地を居住空間や商業施設、あるいは公共空間として再整備することで、都市の中心部における土地の有効活用が進み、コンパクト化による集積効果を高めることが可能です。
ただし、未来モビリティが意図せず郊外分散を促す可能性も否定できません。都市計画においては、未来モビリティの導入がもたらす移動の自由度向上を、コンパクト化や既存公共交通網の維持・強化といった政策目標と整合させるための慎重な検討が必要です。
都市計画・交通計画策定への示唆
未来モビリティがもたらす土地利用の変化を見据え、都市計画や交通計画を策定するにあたっては、以下の視点が重要となります。
- 将来の土地利用需要の再評価: 自動運転車両の普及率、MaaSの利用形態の変化などを踏まえ、将来の住宅、商業、駐車場、公共空間などの土地利用需要を再評価する必要があります。従来の需要予測手法に加え、モビリティ技術の進化を考慮した新たなシミュレーションや分析が求められます。
- ゾーニング・用途地域の柔軟化: 駐車場跡地など、用途転換が見込まれるエリアにおいては、現在のゾーニングや用途地域指定が新たな土地利用のボトルネックにならないよう、柔軟な制度設計や緩和措置を検討する必要があります。
- インフラ投資の優先順位変更: 道路空間の再配分(自動運転専用レーン、歩行者空間の拡大等)、充電インフラ、通信インフラ、そして多様なモビリティサービスを連携させるモビリティハブの整備といった、未来モビリティ時代に不可欠なインフラへの投資を優先する必要があります。
- データに基づいた計画策定: MaaSプラットフォームから得られる移動データなど、多様なモビリティデータを活用し、人々の移動パターンやサービス利用状況を詳細に分析することで、よりエビデンスに基づいた都市・交通計画の策定が可能となります。
- 段階的アプローチと社会実験: 未来モビリティの影響は未知数な部分も多いため、特定のエリアでの社会実験や段階的な導入を進め、その影響を評価しながら計画を修正していくアプローチが有効です。
- 住民との対話と合意形成: 未来モビリティの導入やそれに伴う土地利用の変化は、住民の生活に大きな影響を与えます。将来の都市像について住民との丁寧な対話を進め、合意形成を図ることが不可欠です。
結論:未来モビリティを都市の持続可能性向上に活かすために
自動運転やMaaSといった未来モビリティ技術は、都市の土地利用に大きな変化をもたらし、都市構造そのものを変容させる潜在力を持っています。これらの変化は、適切にマネジメントされれば、持続可能な交通システムの構築、効率的な都市サービスの提供、そして魅力的な都市空間の創出といった形で、コンパクトシティ戦略をはじめとする都市の持続可能性向上に貢献しうるものです。
都市計画や交通計画に携わる行政担当者にとって、未来モビリティを単なる交通技術として捉えるのではなく、都市の土地利用や構造に影響を与える重要な要素として位置づけ、その潜在的な影響を深く理解することが不可欠です。技術の動向を注視しつつ、データに基づいた分析、柔軟な制度設計、そして市民との対話を通じて、未来モビリティを都市の持続的な発展に繋げるための戦略的な計画策定が今、求められています。