持続可能な都市交通財源確保へ:自動運転・MaaS時代の新たな課金・税制モデルを探る
はじめに:未来モビリティの進展が問う都市交通の財源構造
自動運転技術の進化やMaaS(Mobility as a Service)の社会実装が進む中で、私たちの移動のあり方は劇的に変化しようとしています。これにより、都市の交通システムはより効率的で、便利で、持続可能なものになる可能性を秘めています。しかし同時に、これらの次世代モビリティ技術は、従来の都市交通を支えてきた財源構造にも大きな影響を与えることが予想されます。
現在の都市交通インフラの維持・更新や公共交通サービスの運営は、主に燃料税や自動車関連税、そして公共交通の運賃収入によって支えられています。しかし、電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)の普及が進めば燃料税収は減少し、自動運転やMaaSによる利用形態の変化は、公共交通の従来の収益モデルに影響を及ぼす可能性があります。
人口減少・高齢化が進む社会において、持続可能な都市交通システムを維持・発展させるためには、これらの変化に対応した新たな財源確保策を検討することが喫緊の課題となっています。本稿では、自動運転・MaaS時代における都市交通の新たな課金・税制モデルの可能性と、その政策的な論点について考察します。
従来の都市交通財源モデルが直面する課題
都市交通の財源は、大きく分けて利用者が直接支払う費用(運賃、高速道路料金など)と、税金(燃料税、自動車税、固定資産税など)、そして国や自治体からの補助金・交付金によって構成されています。
しかし、特に以下の点が課題として挙げられます。
- 燃料税収の減少: EVやFCVといったゼロエミッション車の普及は、ガソリンや軽油の消費量減少に直結し、燃料税収の持続的な減少をもたらすことが予測されます。
- 自動車関連税の変動: 自動車の保有そのものにかかる税も、シェアリングサービスの拡大や自動運転車両の共同利用が進むにつれて、税収構造が変化する可能性があります。
- 公共交通の収益性低下: 人口密度の低い地域や利用者減少に直面する路線では、運賃収入だけではサービス維持が困難な状況が生まれています。MaaSによる多様なモビリティ手段の組み合わせは利便性を高める一方で、特定の公共交通モードの利用者を減少させる可能性も否定できません。
これらの課題に対し、将来の都市交通需要に応じたインフラ投資や、維持管理、そして地域住民が必要とする公共交通サービスを継続的に提供するための安定した財源をどのように確保していくかが、都市計画や交通政策に携わる上で重要な論点となります。
自動運転・MaaS時代の新たな課金・税制モデルの可能性
未来のモビリティ環境に対応し、持続可能な都市交通を支えるための新たな財源モデルとして、いくつかの選択肢が議論されています。
1. ロードプライシング(道路利用課金)
これは、道路の利用に対して距離、時間帯、場所(エリア)、車種、車両の混雑への寄与度などに応じて課金する仕組みです。技術的には、GNSS(全球測位衛星システム)やETC2.0などの技術を活用することで、より精緻な課金が可能になると考えられています。
- メリット: 交通需要の抑制(特にピーク時や混雑エリア)、特定のエリアへの流入抑制による環境改善、道路劣化の原因となる大型車両への適切な負担配分などが期待できます。また、走行距離や時間帯に応じた課金は、従来の燃料税に代わる新たな走行段階での課税として位置づけることも可能です。
- 課題: 公平性の確保(低所得者層や地方住民への影響)、技術的なシステム構築と維持コスト、プライバシーの問題、国民・住民の理解と社会受容性の獲得が大きな課題となります。ロンドンやシンガポールなど、一部の海外都市では既に導入されていますが、その運用方法や効果、そして社会的な受容性は様々です。
2. モビリティ課税
MaaSプラットフォームを通じた移動サービス利用全体に対して課税したり、特定の新しいモビリティサービス(例えば、自動運転タクシーや配送サービス)に課税したりするモデルです。環境負荷に応じたCO2排出量課税をモビリティ分野に拡大することも考えられます。
- メリット: 利用したサービスの種類や環境負荷に応じて直接的に課金できる可能性があり、MaaSの普及に合わせて新たな財源を確保できる可能性があります。
- 課題: どのようなサービスに、どのような基準で課税するか、複雑なMaaSエコシステムの中で課税ポイントをどう設定するかなど、制度設計が複雑になる可能性があります。
3. 土地価値税・開発利益還元
モビリティハブの整備や新たな交通インフラの構築は、周辺地域の土地価値を向上させることがあります。この価値上昇の一部を税として徴収したり、開発事業者からインフラ整備費用の一部を負担してもらったりすることで、交通インフラ投資の財源とする考え方です。
- メリット: インフラ整備による便益を受ける者が費用の一部を負担するという考え方に基づき、受益者負担の原則に合致する側面があります。
- 課題: 土地価値の上昇と特定の交通インフラ整備との因果関係の評価、税額算定の難しさ、既存の土地所有者への影響などが論点となります。
4. 新たなサービスからの収益分配
自動運転車両を活用した物流サービスや移動販売など、新たなモビリティサービスが生まれる可能性があります。これらのサービスが生み出す収益の一部を公共交通インフラの維持・運営に還元する仕組みを制度設計することも考えられます。
- メリット: 新しい経済活動から公共の利益を還元する仕組みとなり得ます。
- 課題: どのようなサービスを対象とするか、還元率の設定、民間事業者のビジネスへの影響などを慎重に検討する必要があります。
政策立案における論点と課題
これらの新たな課金・税制モデルを導入するにあたっては、技術的な側面に加え、様々な政策的な論点を考慮する必要があります。
- 公平性と再分配: 新たな負担が特定の属性の住民(例: 自動車に依存せざるを得ない地方住民、低所得者層)に偏らないよう、税負担の公平性をどのように確保するか。集められた財源を、収益性の低い地域交通サービスの維持や、交通弱者への支援にどのように再分配していくか。
- 技術的基盤とコスト: 走行距離や位置情報を正確に把握し、公平かつ効率的に課金を行うための技術システム(例: 衛星測位、通信ネットワーク、データ管理基盤)の開発、導入、運用には多大なコストがかかります。これらのコストを誰が負担するのか。
- 住民の社会受容性: 新たな課金・税制の導入は、住民の行動や経済状況に直接影響するため、丁寧な説明と合意形成プロセスが不可欠です。プライバシーへの配慮も重要な要素となります。
- 法制度と役割分担: ロードプライシングの導入や新たな課税の仕組みは、既存の道路法や税法、個人情報保護法など、様々な法制度と関連します。国と地方自治体との間で、制度設計、導入権限、役割分担を明確にすることが求められます。
- 透明性とアカウンタビリティ: 集められた財源がどのように使われ、どのような効果をもたらしているのか、そのプロセスを透明にし、住民に対して説明責任を果たすことが、制度への信頼を得る上で重要です。
結論:技術革新と両輪で進めるべき財源戦略の検討
自動運転やMaaSといった次世代モビリティ技術は、都市の交通システムに革新をもたらす可能性を秘めています。これらの技術を最大限に活かし、誰もが移動しやすい、環境負荷の少ない、持続可能な都市を実現するためには、技術開発・導入と並行して、それを支える財源戦略を深く検討することが不可欠です。
従来の財源モデルが限界を迎えつつある中で、ロードプライシング、モビリティ課税、土地価値還元など、様々な新たな課金・税制モデルが選択肢として挙げられます。これらのモデルにはそれぞれメリットと課題があり、特定の地域や都市の特性、住民構成、既存の交通システムなどを考慮した上で、最適な組み合わせや導入方法を検討する必要があります。
政策立案においては、技術的な実現可能性だけでなく、公平性、社会受容性、法制度、そして財源の使途といった多角的な視点からの検討が求められます。国内外の先行事例に学びつつ、関係者間の対話を深め、将来を見据えた持続可能な都市交通財源のあり方について議論を進めていくことが重要であると考えられます。都市計画や交通政策に携わる皆様にとって、本稿がその一助となれば幸いです。