都市における自動運転・MaaS導入戦略:段階的アプローチと効果測定の視点
はじめに:未来モビリティ導入の複雑性
人口減少や高齢化、環境問題など、現代の都市や地域社会は多様な課題に直面しており、持続可能な交通システムの構築が急務となっています。自動運転やMaaS(Mobility-as-a-Service)といった次世代モビリティ技術は、これらの課題を解決し、都市のあり方を根本から変える可能性を秘めています。しかし、これらの先進技術を都市全体に一斉に導入することは、技術的な成熟度、必要なインフラ整備、莫大なコスト、そして社会受容性といった複数の要因から、現実的ではありません。
そのため、多くの都市では、未来モビリティの導入を計画的かつ段階的に進めるアプローチが不可欠となります。本稿では、都市における自動運転・MaaS導入における段階的アプローチの考え方と、その導入効果を客観的に評価するための測定指標について考察します。これは、特に政策立案や都市計画の実務に携わる皆様にとって、今後の検討を進める上での一助となることを目指しています。
なぜ段階的なアプローチが必要か
未来モビリティの導入が段階的に進められるべきである主な理由は以下の通りです。
- 技術の成熟度と安全性: 自動運転技術はレベル0からレベル5まで定義されており、現時点では特定の条件下でのみ運行可能なレベルに留まる技術が多く存在します。安全性確保のため、段階的に技術を検証し、社会実装の範囲を広げていく必要があります。
- インフラ整備の課題: 自動運転には高精度地図、通信環境(5G等)、V2X(車車間・路車間通信)インフラなど、MaaSには交通手段間のデータ連携や決済システム統合といったデジタルインフラが不可欠です。これらの整備には時間とコストがかかり、都市全体を一度にカバーすることは困難です。
- コストと財源: 新しい車両の導入、インフラ整備、システム開発には多額の投資が必要です。段階的に進めることで、投資リスクを分散し、導入効果を見ながら追加投資の判断を行うことが可能になります。
- 社会受容性と法制度: 住民や既存交通事業者からの理解と協力、そして関連法制度の整備・改正は時間を要します。小規模な実証実験から始め、社会的な理解を深めながら、段階的に制度設計を進めることが現実的です。
- 効果の検証と改善: 新しいシステムを導入する際は、予期せぬ課題が発生する可能性があります。段階的に導入し、その都度効果を検証し、課題を特定して改善を行うサイクルを回すことが重要です。
導入に向けた段階的アプローチの考え方
未来モビリティの導入は、一般的に以下のようなステップで進められると考えられます。これはあくまで一般的な枠組みであり、各都市の状況や目指す姿に応じてカスタマイズされる必要があります。
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ステップ1:小規模な実証実験・PoC(概念実証)
- 目的: 特定の技術やサービスの実現可能性、基本的な効果、初期の課題を検証する。社会受容性を探る。
- 範囲: 限定されたエリア(例:公園、工場敷地内、特定の公道区間)、特定のユースケース(例:低速自動運転シャトルバス、オンデマンド配車サービス)。
- 必要な準備: 関係者間の合意形成(自治体、事業者、住民)、必要最小限のインフラ整備(通信、センサー等)、特区制度の活用検討。
- 評価視点: 技術の安定性、安全性、基本的なサービス運用能力、住民の反応、発生した課題。
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ステップ2:限定的なサービス展開・パイロット事業
- 目的: 特定の地域課題解決に向けたサービスを、一定期間、対象者を絞って運用し、事業性や効果を本格的に検証する。
- 範囲: 特定の地域(例:駅から離れた住宅地、観光地)、特定の対象者(例:高齢者、観光客)、具体的な課題(例:ラストワンマイル交通、特定の観光ルート巡回)。
- 必要な準備: 関係法令・条例との整合性確認、運行計画策定、利用者サポート体制構築、データ収集・分析体制の整備。
- 評価視点: 利便性(待ち時間、移動時間)、利用率、利用者満足度、運行コスト、環境負荷、既存交通への影響。
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ステップ3:サービスエリア・対象者の拡大
- 目的: ステップ2での検証結果を踏まえ、サービス提供エリアを広げたり、対象者を増やしたりすることで、規模拡大時の課題や効果を検証する。複数のモビリティモード連携を一部で開始する。
- 範囲: 隣接する地域への拡大、より多様な住民へのサービス提供。
- 必要な準備: 広域でのインフラ連携、複数の事業者間の連携、サービス統合プラットフォームの検討、広報・周知活動の強化。
- 評価視点: 規模拡大に伴うコスト効率、システム負荷、広域での利便性向上効果、地域経済への影響。
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ステップ4:多様なモビリティモード連携と都市全体への統合
- 目的: 自動運転、MaaS、既存公共交通、パーソナルモビリティなど、多様な交通手段がデータ連携し、都市全体で最適な移動を可能にするシステムの構築を目指す。
- 範囲: 都市全体または広域連携する自治体間。
- 必要な準備: 標準化されたデータ連携基盤、統合的な決済・予約システム、包括的な都市交通計画への位置づけ、継続的なモニタリング・評価体制。
- 評価視点: 都市全体の交通流動性、CO2排出量削減、公共交通利用率向上、経済活性化効果、レジリエンス向上、持続可能性。
導入効果を測定するための評価指標(KPI)設定
段階的な導入を進める上で、各ステップで何が達成できたのか、計画通りの効果が得られているのかを客観的に判断するための評価指標(KPI: Key Performance Indicator)の設定は極めて重要です。評価指標は、単に技術の性能だけでなく、都市や住民にもたらす変化を捉える視点が必要です。以下に、考えられる評価指標の例を挙げます。
交通システム効率性に関する指標: * 利用率(延べ利用者数、定員利用率) * 平均移動時間、定時運行率 * サービス提供エリアのカバレッジ率 * 既存交通手段からのシフト率 * 渋滞緩和効果(平均旅行速度、遅延時間)
利便性・満足度に関する指標: * 利用者満足度(アンケート調査等) * 予約・決済の容易さ * アクセシビリティ(高齢者、障害者等の利用状況) * サービス提供時間・頻度
経済性・持続可能性に関する指標: * 運行コスト(運行車両あたり、利用者あたり) * 事業収益性、採算性 * 地域経済への波及効果(雇用創出、観光客増加) * CO2排出量削減効果 * エネルギー消費効率
安全性・安心感に関する指標: * 事故発生率(走行距離あたり、運行回数あたり) * ヒヤリハット情報件数 * サイバーセキュリティに関するインシデント発生件数 * 住民の安心感(アンケート調査等)
政策・計画への適合性に関する指標: * 都市交通計画や地域計画との整合性 * 関連法制度遵守状況 * 住民合意形成の進捗度
これらの指標は、収集可能なデータ(運行データ、プローブデータ、センサーデータ、アンケート結果、財務データ等)に基づいて定量的に測定できるよう設定することが望ましいです。また、目標値を明確に設定し、定期的にモニタリングを行う体制を構築することが不可欠です。評価結果は、次の段階への移行判断や、サービス内容の改善、政策の見直しに活かす必要があります。
国内外の事例から学ぶ
国内外では、様々な都市や地域が自動運転やMaaSの導入を段階的に進めています。例えば、福岡市における多言語対応MaaSの実証実験や、茨城県境町における自動運転バスの定常運行、フィンランド・ヘルシンキにおけるMaaSプラットフォーム「Whim」の展開などは、段階的なアプローチや特定の課題解決に焦点を当てた事例として参考になります。これらの事例からは、技術的な側面だけでなく、地域特性に合わせたサービス設計、関係者間の連携、住民とのコミュニケーションの重要性など、多くの示唆が得られます。導入を検討する際は、先行事例における成功要因だけでなく、直面した課題や失敗事例からも学ぶ姿勢が重要です。
政策立案における留意点
未来モビリティの段階的な導入を進める自治体においては、以下の点に留意しながら政策立案を行うことが重要と考えられます。
- ビジョンと目標の明確化: なぜ未来モビリティを導入するのか、それによって都市や地域をどのように変えたいのか、という明確なビジョンと具体的な目標(KPI)を設定することが全ての始まりとなります。
- 関係者連携の強化: 住民、事業者(交通事業者、IT企業、自動車メーカー等)、学識経験者、他自治体など、多様な関係者との継続的な対話と連携体制の構築が不可欠です。
- 法制度・規制への対応: 国の法制度の動向を注視しつつ、必要に応じて特区制度の活用や、地域の実情に合わせた条例・ガイドラインの策定を検討する必要があります。
- データガバナンスの確立: サービス運用によって得られる様々なモビリティデータは、都市計画や政策決定に資する貴重な財産となります。データの収集、管理、活用、プライバシー保護に関する方針を明確に定める必要があります。
- 継続的な評価と改善: 一度導入したサービスやシステムも、常に効果を測定し、利用者ニーズや技術の進化に合わせて柔軟に見直し・改善を行う「アジャイル」な姿勢が求められます。
まとめ
自動運転やMaaSの都市への導入は、短期間で全てを完成させるものではなく、長期的な視点に立ち、段階的に進めるべきプロジェクトです。小規模な実証実験から始め、効果を測定しながらサービスを拡大していくアプローチは、リスクを管理しつつ、着実に未来の都市交通システムを構築するための現実的な方法と言えます。
そして、このプロセスにおいて、何を目標とし、何を基準に成功を判断するのかを明確にするための評価指標の設定は極めて重要です。単に最新技術を導入するだけでなく、それが都市の課題解決にどの程度貢献しているのか、住民のQoL(生活の質)向上につながっているのかを、客観的なデータに基づいて評価し続けることが、持続可能な未来モビリティ都市を実現するための鍵となります。
各都市がそれぞれの特性に合わせた段階的な戦略を策定し、適切な効果測定を通じてPDCAサイクルを回していくことで、未来モビリティは都市を持続可能で暮らしやすい場所へと変革していく力となるでしょう。